お金と愛は実は同じ?!お金の使い方を見直せば「 愛の法則 」が自然と分かる。

こんにちは( ^∀^)
男女関係改善心理学「美人の教室」
塾長 恵りょう子です。
※このブログは、悪化した男女関係を改善希望の「女性」へ向けてお伝えしているブログになります。
それ以外の方には、あまり必要のないブログになりますので、ご覧になるならないはご自身でご決断くださいm(__)m
必要な方は、このまま読み進めてください。
今日は「お金」と「愛」のお話をしたいと思います。
「お金」の話をすると…「お金は汚い」「お金の話は下品」という方がいらっしゃいます。
「お金」の話って…生々しいような気がするし、
- お金欲しい
- お金に満ちた生活をしたい
- お金が湯水のように湧いてきたらいいのに
- お金の溢れる環境に身を投じてみたい
こんな話をすると…「人間的に欠落しているような」そんな気さえする場合があります。
以前の私も同じ発想をした事があるので、気持ちは分かるのですが…男女関係改善心理学を編み出して行く上で…ある事に気がつきました。
「お金」と「愛」の習得方法は…100%一緒である事。
「愛」も「お金」と同様…
- 愛欲しい
- 愛に満ちた生活をしたい
- 愛が湯水のように湧いてきたらいいのに
- 愛の溢れる環境に身を投じてみたい
同じように思うと思います。
しかし、
私たち人間は…「愛」と「お金」を切り離して考えがちです。
だって…世の中には…
- お金があっても愛のない人
- 愛はあってもお金のない人
- お金も愛もない人
- どっちも持っている人
どっちも得られる人は…『極々、限られた人だけでしょう?』という、そんな風潮があるからです。
ですが、少なからず…「愛」も「お金」もどっちも手に入れている人が、世の中にはいます。
そのような人達が、何をやっているのか?
その答えを…美人の教室では、見つけました。
それは、とても簡単な事でした。
正直、「する」「しない」は別として…誰にでも…出来るんじゃないか…と私は個人的に思います。
- どうして、愛とお金を切り離して考えてしまうのか?
- 愛とお金をどう連携させて考えて行くのか?
今日のブログは、『 愛の法則 』『お金の法則』をお伝えいたします。
最後まで、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
「愛」と「お金」は本当に別々なのか?
冒頭でも言いましたが、「お金の話」になると…「下品」「汚い」という発想が出てくる方も少なからずいらっしゃいます。
「お金=汚い・下品」と直接思わなくても、お金の話をしている人を「汚い」「下品」と感じる事もあります。
それはつまり…お金という物は隠し持っていなければならなくて、『あまり、他人に自分がどの程度の稼ぎであるか、どの程度の貯蓄があるか等、言わなくてもいいのでは?』と思う事から、『お金=隠さなければならない物』と考えているからでしょう。
なので、
「私は月収、〇〇です。」や「私は〇〇円の貯蓄があります」「お金を持ってても仕方ないので投資をしています」なんて人の話を聞くと、興味津々にはなりますが、「あなた月収いくらですか?」なんて…質問を自分に向けられると、ちょっと迷惑してしまう…という気分になってしまうものです。
「お金の話をする人間が汚い・下品」と感じてしまうと、お金自体が「汚い・下品」だと感じてしまう事もありますし、
そんな人が、稼いでいるお金や溜めているお金を想像すると…「汚いお金を稼いでいる」「汚いお金を使っている」なんて発想になる場合もあります。
人間心理として…「汚いお金を持っている人は不幸になればいいのに。」なんて事を…何処となく、連想してしまい…期待をする場合もあります。
ですが、実際…お金の話をあっけらかんとしてしまう人の多くが、生活が豊かで、人に対しての貢献心が強く、雇用を生み出したり、支援をしていらしたりと、お金をふんだんに使って、人の輪を広げるような活動をしていらっしゃる方がほとんどです。
「汚いお金」を稼いでいる人というのは…反社会的な方々と一部の悪政に携わっている方々程度で、その他の人達というのは、コツコツと自分のなすべき事をして地道に「お金」を獲得して生活をしているにすぎません。
その「お金」の稼ぎ方、人それぞれのセンスや仕事に対する力量もあるでしょうから、多い・少ないというのは否めませんが、「稼ぐ」事に関しては、結局のところ、どのポジションで仕事をしている人でも、自分のなすべき事をして「お金」を獲得しているわけです。
大半の人々が稼ぎ出す「お金」は、「汚い」ものではないのです。
⑴ どうして「お金」を汚く感じるのか?
「お金」を汚いと感じる方の多くが、1歳半〜3・4歳頃までの「トイレットトレーニング」が影響しています。
「トイレが1人で出来る」というのは子供にとっては大いなる達成感があります。
自信にもつながりますし、自分の能力の高さなどを感じる出来事です。
この時期に、子供の自尊心を傷つけたり、体罰をふるったりする親に育てられた場合、自分の能力への疑問を感じる子供になったり、終始自信のない人格を形成しま す。
親は必死で子育て中なので、気づいていないかもしれませんが、子供が排泄をした時に「またか…」と嫌な顔を露骨にしたり、おもむろに「もう!やめてよ!」と子供に大声をあげてしまったりする場合、子供は敏感に排泄時の親の反応を感じ取り、子供なりに考えをまとめてゆきます。
この時期に「排泄物は汚いものだ。」「排泄をする事は恥ずかしい。」「排泄はしてはならない。」「排泄は溜める物だ。」という考え 方のクセがつき始めると自己否定型の人格になります。
「恥ずかしい事はダメな事」「してはならない事」「溜め込む事」と考えるクセがつき、 完璧を求める人になったり、他人にあれダメ・これダメという人になったり、欲を自分の中に溜め込んだり、自分が得する事ばかりを考え貢献心を外に放出をしない人格を作り出す場合があります。
几帳面・頑固・規則正しい・秩序思考・脅迫的などの性格になりやすいです。
その他、トイレットトレーニング期間中に親が、子供のトイレ躾に無頓着だったり、興味がなかったりして放置するような事がある場合、
その子供は、「いつでも、どこでも排泄をしてもいい。」という固着が心につくため、
「自分は何をしてもいい人間だ。」「自分が何をしても他人は怒らない。」という道徳に欠けた人格を形成する事もあります。
お金に対しても「大金持ちは悪いやつだ」「お金は汚いもの」「お金はあるだけ使いまくる物」「他人のお金も自分の物」という考え方のクセ に繋がってくると言われており、お金にルーズだったり、お金を稼ぐ事が下手だっ たりする人格になるとも言われています。
なので、「お金持ちになりたかったらトイレ掃除をしなさい」というのも、この年齢の頃に感じた、自尊心の傷つきを「トイレ掃除」で癒す要素が込められています。
自分が汚いと思っている場所をあえて掃除をする事でトラウマを解消していくというものです。
割とお金の持ちの方々は、よく、自分で丁寧にトイレ掃除をする方が多いです。
⑵ お金と愛の共通点はどこなの?
ここまでを読むと…「お金」を「汚い」と思う仕組みは…なんとなく理解なさったと思います。
ですが、「お金」と「愛」…どこに共通点があるのか??
どうして…
- お金があっても愛のない人
- 愛はあってもお金のない人
- お金も愛もない人
- どっちも持っている人
このような人たちが存在してしまうのか?
「お金は汚い」と思っている方の多くには「愛は汚い」と考えている方が少なからずいらっしゃいます。
- 愛は裏切る
- 愛は続かない
- 愛は儚い
大声で「愛は汚い!」とまでは、言わなくても…心のどこかでこのような発想になる方も多いです。
お金と愛は密接に関わっています。
なぜなら、
お金も愛も「習得方法」を学ぶのは、トイレットトレーニング期間中の「目標達成率」にあります。
お金も愛も基本的には「お金が欲しい」「彼氏が欲しい」という具合に「欲しい物」の目標を定める事からスタートします。
目標を定めたら、あとは、ひたすら「どうすればその目標を入手できるのか?」を考えて行動していくのみです。
愛もお金も「目標達成の方法」が同じなのです。
⑶ 愛とお金の違い。
ただ・・・愛とお金に共通点があるように思えない理由は、愛は見えなくて、お金は見える点です。
人間誰しも「見える物」の方が「見えない物」よりも安心します。
見えない物は、あるのかどうかも分からなくなる時がありますが、見える物はある事が明確になるため、人間誰しも、どうしても「見える物」に左右されやすくなります。
愛もお金も、入手方法さえ確率すれば、確実に増えていくものです。
しかし、お金は入手方法を確立すれば、実際の増え高が目に見えますが、愛は見えないのでわかりません。
あなた自身が相手から受け取る愛が「足りない」と感じれば、あなたにとって、彼からの愛は「足りないもの」になるのです。
お金が足りなければ、稼ぎ方を変えればいいわけですが、愛の場合は、愛が足りなくても愛を得る方法を変えるなんて発想になかなか至りません。
誰がパートナーになっても、いつも似たような揉め事が起き、似たような事で喧嘩になり、似たような理由で別れになる場合、
今まで、愛を得る方法を間違っていたとしても、間違ったままの自分を愛してくれる人を探そうとしてしまうものです。
愛を得る方法を間違っていたとしても、「コレが私の人生だ」と受け入れて認めてしまえば、そのような人生もありですが、
愛を得る方法を間違っているのに「どうして、いつも上手くいかないんだろう?」と悩んでいても、上手くいかないのは当たり前なのです。
愛とお金は、「見える物」と「見えない物」という違いはありますが、「足りない」と思えば、
入手方法さえ、変えていけば、増やす事もできますし、減らす事もできるものです。
「愛」と「お金」の連携方法
愛とお金の入手方法は「同じ」である事は、理解できたかと思います。
理解出来たはいいけれど・・・「入手方法がわからない」という声も聞こて来そうですね。
では、入手方法の解説をしてゆきます。
その前に、本来、入手方法とは、あなた自身が自分で考えて、行動をしていかないとならない物ですが、そこまで、考えが至らない場合もあります。
ましてや、今日のブログのタイトルは「お金の使い方を見直せば、愛の法則が自然とわかる」という物です。
答えが書いてあると思って、読んでくださった方も多いと思います。
では、説明してゆきます。
⑴ 自分がトキメク物にお金を使う
基本的にお金は「欲しい物を買う時」に使う物です。
洋服・家具・嗜好品・趣味という具合に「欲しい」と思う物に対してお金を支払います。
家・家賃・水道・光熱費なども同じです。
「欲しい」と思うからお金を支払うわけです。
では、「お金」の部分を「愛」に変えてみましょう。
① 自分がトキメク人・物に愛を使う
あなたが「好き」だと思う人にあなたの愛をたくさん注ぎます。
「好き」だと思うから、愛をたくさん注ぐわけです。
「好きじゃない人」に愛を注ぐ事はしませんね。
友達や同僚なども「好き」と思う人には愛情を持って接するわけです。
なので、あなた自身が相手にトキメクかどうかが鍵になります。
もし、トキメカないのであれば、一旦、愛情をお休みさせる必要があります。
⑵ 貢献心を突き動かされる物にお金を使う
私たち人間は、「この事業にお金を投入すれば、世間的な貢献に繋がる」と感じる物にお金を使います。
世間的に貢献になるのか不明なものや、明らかに「それ要らんだろ・・・」と思うような物にお金は投入しません。
これもお金を「愛」に変えてみましょう。
私たち人間は「この人に愛を注ぐ事で、この人に貢献できる」と感じるから「好きな人」に愛情を投入します。
たまに、「この人に愛を注ぐ事で、私を幸せにしてもらえる」というトンチンカンな発想になる方もいらっしゃいますが、
基本的に「愛を他人に注ぐ」という事は、相手の心を豊かにする事で自分の心も豊かになる事に繋がるため、愛は無条件に相手に注ぐものになります。
「私の愛を彼に注いでも、彼が喜ぶかわからない。」「明らかに彼は私の愛情を拒否している」という者には、愛情を注ぐ事はしませんね。
「相手を喜ばせる自信がない」「相手に貢献する自信がない」「相手の愛情が自分に向いていない」と感じている場合には、
私たち人間は、相手に愛情を注ぐ事を迷ったり、辞めたりします。
⑶ 注意点
時々、お金も愛も「使ってみたけど、無駄だった。」という時があります。
お金の場合は、「欲しいと思った物」を購入してみたが、実際は使う事もなく、タンスの肥やしになっている・・・という物です。
この場合・・「満足」が少ないため、「無駄なお金を使ったな」と感じる方も多いはずです。
愛も同じです。
「この人好き♪付き合いたい!」と交際をスタートさせてみたが、実際は相性がしっくりきておらず・・・交際をスタートさせたはいいけれど・・・。
この先の未来も見えず、このまま交際を続けていいのか・・・よくわからない・・・悩む・・・という場合もあります。
この場合も、「満足」が少ないため、「無駄な愛情を注いだかな」と感じたり「無駄な時間を過ごしたかな」と感じたりする方も多いです。
私たち人間は時々、「無駄」と感じるお金の使い方をしたり、愛情の注ぎ方をする場合があります。
これの原因は、「トキメク物」の見分け方が甘い時が多く、流れで購入した、流れで愛したという具合に「その場の雰囲気や流れ」で入手している可能性があります。
入手したはいいが・・・やっぱり不要な場合は、思い切って捨てる覚悟もまた必要になります。
人生のパートナーを探すわけですから、「トキメキ」というのは非常に大事です。
中には、この「トキメキ」を出逢った当初のドキドキ感を指して「トキメキ」と呼ぶ方もいらっしゃいますが「トキメキ」にも種類があります。
出逢った当初のトキメキはただ、最初で気持ちが高揚しただけのドキドキという脳の錯覚な場合もありますので、
彼との生活の中で「楽しい」「落ち着く」というようなキーワードを感じる事もトキメキにつながります。
あなたなりの「トキメキ」を日々の生活の中で逐一、見つけて行ってください。
まとめ
私自身、「お金と愛情」全然違うもののようで、入手方法が同じな事に気づいた時は、目から鱗でした。
私自身、お恥ずかしながら・・・「お金持ちは愛情が薄く」「愛情深い人は貧乏」というそういうレッテル貼をしていた部分がありましたので、
「見える・見えない」の違いだけで、お金も愛情も接し方が同じというのは驚きでした。
それまでの私は仕事に恵まれていた部分はありますが、愛情が薄く、全体的に「幸の薄い人」というイメージを自分自身でも持っていましたし、周囲からも持たれていたからです。
しかし、お金と愛情の入手方法が同じという事に気づいてからは、愛もお金も自分が欲しい分だけ得られるようになりました。
周囲の反応も以前は「気難しい人」「変わった人」「近寄りがたい人」という反応が多かったのですが、
最近では「爽やかですね」「明るい人ですね」「楽しい人ですね」とポジティブな反応をいただく事が多くなってきました。
お金を愛情というのを別々に考えずに、一緒に考えていく事で、自分自身の心が楽なったのと、周囲からの反応がポジティブな方向へ変わってきた事が大きな変化でした。
「お金を稼ぐのは大変なことだ」「人から愛してもらうのは大変なことだ」と若い頃は思っておりましたが、案外、そうでもないのかもしないとさえ最近は思います。
いつも、自分が困難になるのは、自分自身の考え方や捉え方のせいであり、環境や周囲の人たちの影響ではありません。
多少、環境や周囲の人たちの影響も入ってくる事はありますが、やはり、自分自身の物事への捉え方次第では、外部からの影響もさほど、困難なものではない事に気付かさせられます。
「お金は汚い」「愛は困難」となんでも、「汚い物」「困難な物」にしてしまわずに、思い切り、楽しんでどっちも入手してもらいたいと思います。
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では、また、書きますm(_ _)m
本日もありがとうございました♪( ´▽`)